うつは空から降ってくる・・・
今も覚えてる。
暑い夏が終わり、涼しくなりかけた頃の土曜日の夕方、
いつもと同じように、飼っている犬のお散歩に出かけた。
覚えてる・・・あそこ、いつも通る駐車場の茂み、
あそこで突然、うつが降って来た・・・。
そして真っ暗な深い海に落とされた。
真っ暗な海を一人で泳いでいるような、恐怖と不安、、、
胸が締め付けられるような孤独感。
そして踵が痛くなり首や背中やいろんなところが痛くなって、
休日になるとあった頭痛が、会社でも頻繁になった。
会社の休憩室で寝込むこともしばしば。。。
頭痛薬を日に2回飲んでも治らない。
うちの犬の友達の飼い主さんが、そういうのは神経科に行った
方がいいと言われて近所の神経科に行ったけど、
物凄い混んでいて、気分が悪くなるほど待たされた。
それが嫌で行かなくなり・・・
朝が辛くなった。大事な会議や仕事があるときに限って起きれない!
ただ起きればいいだけなのに・・・簡単な事なのに、動けなかった。
3日間の研修で遅刻が2回・・・上司に怒られた。
どうしたんだろう?自分でも不思議だったけど、ここまで来るのに
物凄く大変だったから今頃になって疲れが出てきたと感じていた。
机の上が片付かなくなった・・・仕事が山のように溜まってきて
処理仕切れなくなってきた。ミスも多くなってきて上司に怒られた。
パッパパッパと判断して業者に流していかなくてはいけないのに、
出来なくなってきた。
後で後でと何でも後回しにするようになってしまった。
逃げることが多くなった。
めまい動悸、決定的なのは吐気、吐かないけどずっと気分が悪くて、
取り合えず会社へ出たけどそのまま早退して、会社に一番近い病院が
大学病院だったのでそこへ行った。
優しい女医さんだった。
うつ病ですねと言われた。体を休ませることが先決だと言われた。
診断書をもらって上司や人事の課長に相談して1ヶ月休職することになった。
母は無反応だった。
薬は抗うつ剤2種類と睡眠導入剤を処方されたけど、吐気がなくなるまで
2週間かかった。生理はすぐに止まってしまった。
誰にも会いたくなかったし、できれば家族にも会いたくなかった。
だから夜中起きていて、昼間寝ている生活になってしまった。
2週間に1回病院に行くのが辛くて・・・
カウンセラーの先生がついたけど、話をメモしているだけで何にもなかった。
どーしても行けなくて連絡したら、「予約で各病院を動いているのでドタキャンされると
無駄に動くことになるから困る。」と怒られた。
カウンセラーのクセにうつ病のこと知らないんだ。。。
雇われカウンセラーで話をメモるだけなのに。。。
大学病院としておかしいと思った。
(案の定その病院、度重なる医療過誤で病院のシステム変えたらしい?)
うつ病になった理由を自分で考えた。
きっかけは兄。
年末調整の扶養家族控除に、高齢の母と身障者の弟の名前を勝手に入れていた。
区役所からの連絡で初めてわかった。
父が死んでから母にも私にも、なんの断りもなしに・・・
兄は謝りもしない代わりに何が悪い!と開き直った。
・・・子供の頃のことを思い出した。。。
弟と昼寝をしていると兄が来て、「目をつぶっていろ!」と言われ、、、
性的虐待を何度か受けた。
弟が知的障害があってよかった。忘れてるだろう・・・
そんな兄だから、私のことはカスだと思っているんだと思う。
何を言っても自分の言いなりだと思っているんだ。
こんなことはきっかけで、この10年本当に忙しかった。
40歳を過ぎてやっと正社員で就職できて、給料は安いけど世間からは
いい会社と言われるところに入れて頑張った。
出向先の先輩にいじめられても頑張ったし、研修が肉体労働でも点滴打ちながら
頑張った。毎日終電まで仕事したし・・・周りともうまくやれた。
そんな時母が倒れた。
入院先の点滴が体質に合わず死にかけて、おまけに完全に呆けた。
私の顔の横に弟の顔があるらしく、母はそれに話しかけていた。
この話をするとみんな笑うけど、悲しかった。
絶対に死なせたくなかったし、元に戻ってほしかった。
兄も嫁も冷たかった。嫁はパートは時給だから休めないからと言って
全然手伝おうとはしなかった。
兄は母が万一の時の延命措置の時間を打ち合わせてるのに、
夕食をどこで食べるかばかり気にしていた。
入ったばかりの会社をクビ覚悟で1ヶ月休職した。
お陰で母は退院することができたけど元の通りとは行かなくて、
そこから私は仕事と家事と忙しくなった。
その頃の行政(今もあんまり変わらないみたいだけど)は杓子定規で
母の介護でヘルパーが必要なら、身障者の弟は施設なり別な部屋に移せ
と言われた。行政の片手落ち。
復職してまもなく、出向先の事業の改変や引越しがあって私は望んで
自分の会社に戻った。
今までの仕事を評価してくれたようで、男性の仕事を任された。
でもその男性が、お年寄りでなかなか仕事を教えてくれなくて、いろいろ
あって・・・一からデータを作ってデータベース化して、
首尾よく利益があがって、社長賞をもらったし、これからは楽になるはずだった。
母の具合も完全とはいかないまでも、弟のことは出来るほど回復したのに。
そんなときかな~6年近くお付き合いした彼と一方的に別れたのも。
母が倒れなければ結婚していたはずだった。
そのときは清々したと思っていたのに、時間が経つと今でも、
体の右側が寒い。
私の体の中で何かが崩れていった。
うつ病が治っていないにも関わらず、医者は止めたにも関わらず、焦って
復職したら社内が変わっていた。新しい上司はかなり厳しくてみんな保身に
まわっていて私のことなどどーでもよいみたいだった。
どこにも居場所がなくて会社を辞めた。
居場所がないのは家でも同じ。
母にキチガイのくせにとよくなじられた。
自分が死にそうだったことは呆けていたので覚えていない。
何か楽しいことを探そう・・・いつも夜中にPCに向かっていた。
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コメント
はじめまして、きー子ドンと申します。
とても大変な人生を送ってきたんですね。
頑張って、頑張って、頑張ってきたんですね。
私も鬱病5年目になります。
これだけ頑張ったんだから、もう休んでもいいんじゃあないでしょうか?ゆっくりゆっくりしていいと思います。現実もあって大変だとは思いますが、あまり無理をしないでくださいね。
投稿: きーこどん | 2007年3月19日 (月) 23時06分